亡者たちの黄昏


車椅子の背を笠井叡に押され、大野一雄は手首をぐるぐると回しては止め、手のひらを広げ、そしてまた手首を回しては手のひらを広げた。それはあたかも早朝の不忍の池、蓮の花がぽんぽんと音をたてて開いていくかのようだった。夜から朝、生から死への狭間に咲く蓮の華。土方巽を鎮魂しながら自らへの手向けの華を咲かせている大野一雄。

舞台の中央に車椅子が固定され、押してきた笠井叡が、静かに離れ、踊りはじめても、大野一雄は手の動きをやめなかった。眠っているような表情からは何も内面を伺えない。苦悩のような快楽のようなどちらともとれない表情をしていた。大野一雄の頬は薄すらと紅みを帯びていて、はだけたスーツから覗く裸体の胸は、女性のような膨らみがあった。枯れていないダンサー、大野一雄の姿がそこにあった。私はユイスマンスの『腐乱の華』の少女をふと思い浮かべた。

高齢、しかも身体を悪くして車椅子で踊る大野一雄の手の動きは、驚くほど澄んでいた。鋭い動きではないが、そこに鈍さも衰えもなかった。いま踊りはつややかで華やかだ。舞台人の晩年は、どこか衰えを隠そうとする必死さと、舞台への執着を感じさせるものだが、大野一雄にそれは微塵もない。自分の状況と肉体を晒した上で、しかし開き直りもせず、あるがままに手を動かしている。それは至高の踊りとなっていた。

暗黒舞踏は、大野一雄、大野慶人たちのはじめた土方巽のDANCE EXPERIENCEに端を発し、燔犠大踏鑑という名をつけた一連のシリーズを経て、アスベスト館での公演へと繋がる流れに最も、暗黒舞踏というものが顕れていると思うが、その一方に麿赤児の大駱駝艦がある。ここからたくさんのカンパニーが分派しそれぞれが暗黒舞踏を名乗った。山海塾もそうだ。そして分派した後、どこかで土方巽を師と仰いでいるところがあり、実際、公演に際して土方の演出アドヴァイスを受けているグループもあった。土方巽は優れたダンサーであると同時に、卓越した演出家でもあった。後に演出していることを公にした、大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌」の演出も見事なもので、裸体・白塗りという形式を暗黒舞踏としていない土方巽の面目躍如である。

久しく地下で沈黙していた土方巽が、1983年1月に田中泯の呼びかけに応じてplanBに再登場して、復活の活動を始めた。その夜、嫉妬と憧憬の入り交じった暗黒舞踏のカンパニーの主催者が出刃を持ち出して土方巽に迫ったときに、「なぜ土方が地下に潜らなければならなかったのか、よく見ておきなさい」と土方は私に耳打ちしてから、そのダンサーの前に坐り一時間も諍め続けてその場を収めた。暗黒舞踏は、それぞれの土方巽に対する思いが強すぎる故に収拾がつかなくなったのだ。そして田中泯も恋愛舞踏派という名前で暗黒舞踏を踊り、今も土方巽を褒める舞台を作っている。

土方巽が、復活をめざしてplanBに登場したときに、蚊帳を吊ってコンクリの打ち放しの壁に「バラ色ダン ス」を映写して、それをあたかもダンサーが踊っているかのように見せた演出はぞくぞくするほどの踊りであったが、それは自らの歴史を切り裂くように検証しようとした土方巽の凄じい行為であった。今、有効なものなら継続し、必要ないなら棄てていく。暗黒舞踏という美しい屍体を観客の前で捌いて見せたのだ。そうして現代の暗黒舞踏を作って再び舞台に立とうとした土方巽の意志は、未来へ向けてのメモリアルという考えだったろう。そうして自らの思う暗黒舞踏を次代へ託そうとしたのだ。

今回のメモリアルに田中泯もそして白桃房の芦川羊子もいない。ここにあるのは、土方巽の伴侶だった元藤あき子*の思う暗黒舞踏である。それぞれの思いによって暗黒舞踏は存在する。土方メモリアルとはそれぞれの思いのメモリアルである。私の暗黒舞踏も私のメモリアルでしかないかもしれない。

大野一雄の傍らで、あたかもそこに車椅子がないかのように踊っている笠井叡。何年か前に土方巽や吉岡実を追悼する暗黒舞踏を舞ったこともあるが、今は、銀河のイメージを抱いて踊っているように見えた。暗黒舞踏をそのままに踊る大野一雄と遥かな宇宙を抱くようにどこか未来を踊っている笠井叡との擦れが、くらくらするような退廃を醸し出していた。

暗黒舞踏を記憶のままに、思いのままにしておくのが次代の創作につながるのか、正確に歴史にして再意識化することが必要なのか、それはまさに歴史が決めてくれるだろう。しかし、暗黒舞踏に関しては、それぞれの思いが強くイメージの振れ幅も大きい。残らないものの方が多いのではないかとふと思ったとき、私には、大野一雄の、蓮の花咲かせる手の中に暗黒舞踏が吸い込まれて消えていくようにも見えた。

*元藤あき子=「あき」は火へんに華


■土方メモリアル 
2002年8月21日(水)
舞踏公演 笠井叡「病める舞姫」
原作 土方巽
出演 笠井叡 + 大野一雄(特別出演)
http://www.jadefes.jp/jpn/rjjvqh000000qful.html

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★★★ペヨトル☆CALLING 2002 in NAGOYA
11月9日(土)
両日とも4:00open 5:00start 
前売¥2,500 当日¥3,000
チケット9/15発売
魔ゼルな規犬/かまた りか/百合林くさ子/若見ありさ
不失者(灰野敬二+小沢靖)/
藤本由起夫(パフォーマンス+今野裕一とのトーク)
梅津和時+小林嵯峨
11月10日(日)
坪内浩文/吸/西村公一/PHIRIP/梅津和時+宍戸幸司
桑原滝弥+松本きりり(ポエトリー・リーディング)
天野天街
http://www.tokuzo.com/11/index.html

★★★Abe "M" ARIA 's「Abe "M" LIVE」
---cut up the dance---
2002.9.24(火) PM8:00開演
会場 ウエストエンドスタジオ(新井薬師寺) Tel:03−3319−2289
料金/予約および前売¥1700、当日¥2000
予約・問い合わせ/ガジガジマニア 
<TEL 03-3223-8801>
< E-mail ghost@246.ne.jp>
http://www.246.ne.jp/~ghost/abemaria/info.html
京大西部講堂のオープニング・パフォーマンスをしてくれた
Abe"M"ARIAの公演です。珍しく小屋でやります。
当日、受付で今野扱いと言えば、前売りになります。

ペヨトル工房  http://home.att.ne.jp/surf/hilon/peyotl.html
2-:+ http://www.2minus.com
Peyotlfan   http://www.thought.ne.jp/peyotl
ペヨトルイン西部講堂2002   
http://www.yo.rim.or.jp/~hgcymn
k/peyotl/index.html