ルシファーの撃落

夜想日記3/2003/2/10


ルシファーが天国から追放されたように、私は堕落している。
それが『アンチ・クライスト・スーパースター』だ。(マリリン・マンソン)


堕落していることが価値なんだ?
そうよ、今夜、私は罰を受ける。堕落して罰を受ける。そしてルシファーになる。
面白いでしょ、この子。
田岡は私を連れて地下への階段を降りていった。
僕を連れていく必要はないでしょう。
見ている人がいると喜ぶからね。それに何かあったら手を握って励ましてあげて欲しいんだ。
田岡さんがやればいいじゃない。僕は彼女にいまはじめてあったんだから、手を握ってあげられないよ。
僕はね、ビデオ係なの。

背中に墨入れているんだ?
沙樹の背中には、天使の羽が彫ってあった。大きな翼だ。黒の筋彫で、私はふとフラ・アンジェリコの受胎告知の虹色の天使の羽根を思いだした。七色の翼を墨で入れたら奇麗だろうな。
沙樹は上半身を晒けだしていた。乳首を黒のビニテでバッテンをつけて隠し、背中の墨を誇らしげに見せながらパーティのそこここを闊歩していた。次は私が吊り下げられるの。


地下室には100人くらいのマニアが集まっていた。希望者は誰でも吊り下げてもらえる。背中の皮膚にフックを入れてゆっくりとハンギングする。昔、同じようなシステムで全身にフックを刺して吊り下がったステラークという美術作家がいて、記録者写真を撮らされたのを思い出した。ステラークはかなりの時間、吊り下がっているのだが、その状態になってからギャラリストに頼んで僕を呼びだすのだ。写真を撮ってくれと。

ここでは吊り下がる時間はさほど長くない。4本のフックなので皮膚に体重がかかるので、長くはもたないのだろう。沙樹の番になった。自信満々、意気揚々としていたが、背中にフックを入れられて準備整ったところで動揺し始めた。全身にびっしょりと汗をかいている。これが田岡に頼まれたことかと、側によろうとしたが、ハンギングのアーティストRが、しっかりと沙樹の手を握って安心させようとしている。ゆっくりと沙樹の汗を拭いているのは、キリストを模したヨーゼフ・ボイスのパフォーマンスのようだ。

Rは、スキンヘッドの頭にインプラントで小さなこぶの列を作って、そこにピアスを入れている。見かけは怖そうだが、笑顔がとても優しく人を受け入れる表情をしている。そうかRはグルなんだ。吊り下がることも大切だがそれ以上にこの人に吊り下げてもらうという儀式が必要なのだ。イニシエーションでもありキリスト教の儀式の様でもある。スティグマの傷を背中に入れてもらってキリストのようにハングされる。吊り下がる人は意識していないが、そういうことなんだろう。

沙樹は駄目という風に手を振っている。無理はしないだろうな、と思っていたら、案の定Rは肩を抱いて慰めている。と、Rはその瞬間にアシスタントに合図して綱を引かせた。ふっと10センチくらい沙樹の身体が宙に浮いた。沙樹は恥ずかしそうに顏を上げた。顏が輝いている。Rはゆっくりと綱を引かせた。沙樹の身体がかなりの高さで浮かんだ。観客から拍手が巻き起こった。

前に吊り下がった男の子は、威勢が良くて空中で身体を振って観客の歓声を浴びていたが、ようやく吊り下がる人の方が、ハンギングの何か大切なものにとどいているような気がする。沙樹は10分ほどして降りてきたが嬉しそうに会場を闊歩していた。ビデオをもった田岡が、沙樹に向けて親指を立てた。

いろいろな子たちが会場に来ていた。なんとなく様子を見ながらうろうろしているうちに、田岡と沙樹は姿を消していた。

 

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