勘九郎小芝居

夜想日記11/2003/6/29


歌舞伎では、役者の演技で芝居が変わることがある。道具で芝居が変わることもある。中村仲蔵が、斧定九郎の演技を作り出したように、小村雪岱が、『一本刀土俵入』の装置を創案して芝居が変わったように。歌舞伎の良いところはそれが主役だけではなく、脇役にも許されていることだ。笹野高史の義平次があってコクーン・歌舞伎の『夏祭浪花鑑』は再演された。

笹野高史の義平次を見るだけでも『夏祭浪花鑑』に行く価値がある。笹野高史はアングラと新劇の中間に位置する元自由劇場の役者。歌舞伎として義平次を演じれている。なおかつ型にはまらない義平次の悪、なさけなさを造りだしている。義平次は悪党では駄目なのだ、小悪党でなければ。義父の義平次と争いながら、切れちゃいけない、切れちゃいけないと思っている団七を、押したり引いたりしながらずるずると狂気の瞬間に引きずり込んでいくのが、この場面の芝居の華。勘九郎の団七が、芝居を引いてはつまらない。義平次に動かされるように引きづられるように演じるのが『夏祭浪花鑑』の粋なのだ。型の演技ではいまひとつそれが出てこない。
勘九郎と笹野高史、本水に泥をつかっての派手な立廻りをしているが、これ見よがしに水に入ったりはしない。勘九郎も演出の串田も心得て笹野高史の演技を見せている。親殺しの瞬間が、夏祭りの高揚と浪花の夏の暑さが引き起こした狂気のように見えて、『夏祭浪花鑑』の芝居の真髄が顕になる。

コクーン歌舞伎は一つの区切りを迎えるらしいが、平成の小芝居としてほぼ完璧なできあがりだ。江戸時代には大歌舞伎に対する小芝居があった。小屋も小さく役者もいろいろ。出し物も歌舞伎を崩したり足したり、変えたり外伝を作ったりと自在にこなしていた。素人に近い役者もいれば大歌舞伎の役者もうなる達者もいた。大歌舞伎の役者がときおり小芝居に出ることもあり、交流しながら大歌舞伎は芝居のダイナミズムを保っていた。歌舞伎座の歌舞伎はずいぶん長いこと大衆の息吹をフィードバックするというメカニズムを失っていた。

こんぴら歌舞伎のように、古い芝居小屋を使って興業を打つうちに、役者たちが小芝居に目覚めてきたということもあるだろう。竹柴源一という狂言作者が柝の会や舞創研究所の活動を通して小芝居の掘り起こし、そして上演を続けてきたという経緯もあるだろう。中村勘九郎が中村座を立てて積極的に小芝居に乗り出していたという流れもある。しかしそれぞれ何かが欠けていた。小さい劇場で大歌舞伎の演技をしてしまったり、あるいは歌舞伎以外の役者を入れすぎて芝居自体のポテンシャルが落ちたりと、なかなか思うようにいかなかったのが現状だ。

今回の『夏祭浪花鑑』は幕開きから小芝居の雰囲気に満ちていた。コクンーンの劇場の中に小屋掛しているような感じはいつものままだが、満員の観客が最初から舞台と一体になって、芝居を盛り上げている。『ピンポン』でブレイクした中村獅童が磯之丞を演じて、幕開きから全開だ。素人芝居をしているシーンで始まるが、化けた役者とはこうも違うものかと目を見張る。が、勘九郎、ブレイク以前から獅童をコクーン歌舞伎で使い続けている。そのことを忘れてはならない。役者たちの華がこの舞台に一斉に開花したという感がある。中村歌女之丞も堅実な演技で舞台を支えているし、もちろん笹野高史も凄い。そうなると勘九郎、橋之助がやや押さえた大人の演技をして芝居のバランスをとっている。それは串田という演出を立てているためかもしれないが、他の役者を活かす座長としての度量が勘九郎に備わっていて、これも小芝居の大切な要素だ。

屋根の場面は、さすがにセットを組めないので、小芝居らしい工夫でしのいでいるが、しのぎに思えない好演出だ。役者よりも小さなミニュチュアの町並みを作り、そこに立廻りの取り手を隠したり、人形を交えてユーモラスな立廻をしたりと、飽きさせず一気に見せている。立廻りにも工夫があって、さすが菊五郎劇団のトンボの名人コンビ、三津之助、橘太郎が創意を凝らしただけのことはある。幕切れは舞台奥の搬入口を大きく開いて団七が外に逃げ、パトーカーが駆けつけるという趣向になっている。アングラの手法も小芝居なら自然な演出として効果がある。幕切れると観客全員がスタンディング・オベイションを送り、拍手は20分以上も鳴りやまず、4度のカーテンコールをした。その後、搬入口の外で待っていた入れない観客が舞台に雪崩込み、そして観客席からも人が舞台に流れ込み、まさに夏祭りのような様相となった芝居は終わった。

生の義太夫を使いながら、Djの音も流す、大歌舞伎の演技もするが、アングラや小劇場の演出や役者も活かす。バランスがぴったりあって、コクーン歌舞伎の『夏祭浪花鑑』は、小芝居歌舞伎の完成形になっていた。ここから次世代の歌舞伎がはじまればもっともっと歌舞伎は面白くなる。

 

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