金子さんの家の方へ

夜想日記13/2003/8/06


白いペンキよりも錆の赤銅色が色の印象になっている鉄扉を、ぎーと開けて、蔦の絡まるままになっている洋館のベルを鳴らす。と、正面だと思っていたら、脇の戸から不意にアシスタントのYが顔を出した。 あ、そうだった。いつも間違えてしまう。


部屋は電燈光でアンバーにくすんでいる。黄昏どきなのにもう夜の雰囲気。朝のない部屋。十年前に訪れたときと同じ棚に、同じ雑誌が積んである。六代目菊五郎。先代芝翫のブロマイドがぱらぱらと机に散らばっている。あれから増えた調度品もあるけれど、どれも古びていて時がその上に堆積している。崩れているものも凛としているからこその頽廃美。

今日は朝から蕎麦のたれを作っていたのよ、一番出しと二番出しをとって返してね……などと言いながら、金子さんがアトリエから出てきた。ゆったりとした時間の中、金子國義フェーバリット・カードの打ち合わせが進んでいく。
箱のデザインは、色は、ロゴは……と次々にアイディアが湧いてくる金子さん。そのどれもが金子さんらしいテイストで、思わず聞き惚れてしまう。

「夜想」復刊の記念に出す金子國義さんのカードは、富士見文庫の表紙になったもの64枚。あべの古書店に手伝ってもらってようやくコンプリーとした。だって金子さんのところにも揃っていないし、富士見書房の資料室にも全冊ない。目録も残っていないので全体がはっきり分からなかった。


富士見文庫の旧担当編集者の篠崎さんにインタビューをして、ようやく全貌が分かるようになった。そのとき聞いた話で、昭和40年代に金子さんが角川書店で豪華リトグラフを出版していたことだ。金子さんにおねだりして見せていただいたが、それは素晴らしいものだ。ちょっといまではできないだろう。手彩色のリトで、アリスがテーマ、30枚以上あっただろうか。バタイユの描く少女たちのように、アリスが拘束されしまいには二人の男に解剖されてしまうという、とてもゴシックな作品だった。


ミシン目をわざわざ入れたタトウや、アリスと刻印された尾錠、刺繍文字の入ったリボン、マーブル・ペーパー……、贅を凝らした作りに思わずため息がでる。それにしても肉体を捌いて内蔵を晒されるというよりは、自ら晒している感のあるマゾヒスティックなアリスで、その危うさには魅了されてしまう。


夜想は8月29日配本がほぼ確実になった。それから少し遅れて金子國義さんのカードも発売になる。

 

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