キクチは菊池

夜想日記/2003/10/29



 アート・センターになるかもしれないと一時、期待をよせた東大駒場寮は、いまは取り壊され跡形もない。気のせいか井の頭線からキャンパスへのコンクリのエントランスも殺伐としている。駒場も変わったなそれが今日の東大への第一印象だった。


 アップリンクの浅井隆さんが東京大学でメディアのゼミをもっていて、今日は特別講座という枠組みで菊池成孔さんとボクとの対談がある。これには伏線があって、東大生協の永田さんが復刊夜想のフェアを行う下地作りにこうしたことをすれば良いのではないかと考えてくれたのだ。大変だなぁ生協も……。ペヨトルの最後の5年くらいは生協は無風地帯だった。復刊夜想は生協でも売れて欲しい。東大生協はその試金石になるだろう。ここで巧くいけば生協での動きが全国に拡がるかもしれない。
 

 会場の1223教室は120人ぐらいの若い観客が集まって満員だった。司会の田口君が、菊池さんの音を聞いたことある人、と訪ねると、一人を除いた全員が手を上げた。うへぇ。凄いな。で、手を上げていない一人は、ボクの若い友人木内君だ。大塚同潤会女史アパートの保存運動で活躍した東大建築科の学生だ。まいったな。でもちょっとわくわくする。何か違うことが起きるかもしれない。

 「ゴシック・メディア・80年代」という話題で対談予定だったのだが、ちょっと話がそれたら一気に、菊池ペースで話が疾走し始めた。最近、まったりしたトーンで話をするようになっていたので、菊池成孔のスピードについていけない。トップギアのギアレシオが違う感じだ。慌ててスピードを出すのもカッコ悪いので放置しておいた。聞き手に廻ったが、こんなこと生まれてはじめての経験だ。浅井さんもどっちかというと口をあんぐり開けて聞いている雰囲気だった。
 

 控室で菊池成孔にあった瞬間、しまったと反射的に思った。それが後を引いていたのかもしれない。その時、空白の90年代と言われているのを良いことに、何もしなかったこの15年をちらりと反省した。どんなに時代が調子悪くても、その時代にはその時代の青春の時間帯がある。菊池成孔はその90年代を生きていたのだ。90年代は空白なんかじゃない。菊池の身体からでるオーラがそう言っている。
 

 菊池成孔は90年代をどんな風に生きたのだろうと、また余計なことを考えながら話しをしていたら、今度は、それはこういうことですねと、菊池さんは、ボクの話をとりあげて要約をしてしまった。ジョークをまぶして、しかも分かりやすく解析してくれた。あらら……今までに人の話を要約したことはあってもされたことはないぞ、まずい!思ったけど、もう後の祭り。キクチの話は面白いしスピード感もあるのでそのまま止められないまま対談は菊池のワンマンショーで終わった。
 

 菊池成孔。エッセイスト。ミュージシャン。「デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン」および「スパンク・ハッピー」 のリーダー。思想的にも若者の気持ちを惹きつけている若きカリスマ。この思想的にもというところが今的だ。対談はボクにとって貴重な体験になった。89年、95年、日本は大きな転機を越え空白に漂っていた。ボクはそれを『大きな空白』と感じて動きを停止した。いやそんなカッコの良いものではない。実はどうにかしようともがいていて、頭脳に蒼い班を増やしてしまった。最終的には、身体を傷つけることもなかったし、躁鬱の闇に棲むこともなかったが、低空でどよんと漂っていた。

 空白を過ごすもう一つの方法があったのを教わった。空中を浮游するように散歩するのだ。幸せを信じている訳ではない、明日も何も変らないかもしれない。変らないだろう。でも今日一日、空に浮いていたい。隣にいる君が消えてなくならないと嬉しいけれど、でも明日、消滅してしまうかもしれない。今が幸せならばそれでいい。……開き直っているわけでもなく、空中を散歩する。とても切ない幸福感だ。そうでないと今を生きるのはきつ過ぎる。教えてくれたのはフィッシャーマンズ。フィッシャーマンズを教えてくれたのは菊池成孔。


 菊池成孔はネットの上でもカリスマになっている。ちょっと苦しい感じになると菊池成孔のホームページに行って彼にメールする。ネット上ではキクチとカタカナで書かれることが多い。90年代フィッシャマンズに魅かれた人たちや、同じ感じで生きている人たちが、たくさんアクセスしている。

 よくフィッシャーマンズと比較されるけど、菊池成孔のもっている浮游感はどちらかというと80年代的だし、フィッシャーマンズは90年代の浮游感だ。ちょっと違うと思う。フィッシャーマンズのゴーストを被せられるのは、キクチにとってある種の名誉だと思うけれど、けっこう大変なこともあるだろう。キクチは菊池。ボクはそう思う。フィッシャーマンズとは違うオリジナリティをもっている。

 

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