「酒鬼薔薇聖斗」への手紙

夜想日記20/2003/11/06



 


 
「写真が良いよね」
たまたま電話をかけてきた樋口ヒロユキにそう伝えた。
机の上には彼が送ってきた『酒鬼薔薇聖斗への手紙』がある。タンク山の山頂にある給水塔、その上に拡がる青空。その青空は『EP-4』の佐藤薫が、『昭和崩御』のジャケットに選んだ、藤原新也の金属バット殺人事件の写真の青空だ。


コンクリート・ブロックでできた、遠目には板チョコのように見える通称チョコレート階段、友が丘中学校門、友が丘西公園そして入角ノ池……事件の起きた場所を樋口は彷徨しならが次々に写真にした。入角ノ池は、雑木の緑に囲まれている。外からは普通には池は見えない。そこで酒鬼薔薇聖斗は遺体の一部を観賞したと言われている。不吉な感じのする風景。


『欲望』(アントニオーニ)の公園、 『魔楽』(石井隆)の小屋、ざわざわとするような乾いて殺伐とした風景。樋口ヒロユキは、神戸からその風景を切り出した。 おそらく酒鬼薔薇聖斗の頭脳に騒めいていた感覚に近いものだろう。全国各地にあるニュータウン。そこにつながるコンクリートの坂。付近に必ずある原生林。言葉に言い表せない嫌な感覚の堆積が、風景と関係している。風景が不穏なことを呼び起こすのは、金属バット殺人事件のころも今も変わらない。


『酒鬼薔薇聖斗への手紙』の樋口ヒロユキの写真は、空虚な瞳のままで風景を見ている。 絶望に近い暗い心を抱いて。本当に良い写真だ。と、書いていたらテレビ局から電話がかかってきた。
長野河内の両親殺人事件の若いカップルが、『ゴスロリ』だったということで慌てて『ゴス』を特集した夜想に電話してきたようだ。殺人を誘引したのが『ゴス』だという印象を与えようとマスコミはまずトライをする。で、受けが悪ければ次の理由を探す。そういう手法をとるらしい。分からない犯罪に対して世の中は分かる理由を探している。


アメリカ人はコロンバイン高校の乱射事件をマンソンの『ゴス』と結びつけた。『ボーリング・フォア・コロンバイン』の中で、乱射事件と結びつけられツアー中止に追い込まれたマリリン・マンソンにムーアが聞く。彼らに何か言いたいことはあるかい?マンソンは答える。いや、言いたいことはない、彼らの言うことを聞いた方が良いだろう。アホで間抜けなムーアは、射殺犯の同級生たちに聞きはじめる。


まず聞くべきなのだ。酒鬼薔薇聖斗、なぜこのようなことをしたのかと。理解はできないのだというところからはじめるべきだ。そしてだからこそもっと知ろうとするべきだ。死刑を覚悟して殺人を犯した宅間の最後の発言を、妨げてはらないだろう。遺族を逆なですることを言うから? もちろん宅間は聞くに堪えないようなことを言うだろう。だがそれを聞かなければ、何も始まらない。場違いな魔女狩りの魔女が必要になるだけだ。

 

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