メティエと輪郭

夜想日記/2004/03/20



うっとりすることからはじめる。祖父江慎さんは、風貌そのままのおっとりとした口調で話しはじめた。感覚的に共感することからデザインをはじめる。祖父江さんはそう言っているような気がした。デザインは女工哀史……。ミルキィさんは、オペレートの作業が多くなっているデザインの現場を笑いとばして語りはじめた。

ミルキィ・イソベ(装幀家・アートディレクター)、祖父江慎(グラフィックデザイナー)、長谷正人(社会学者)、戸田ツトム(グラフィックデザイナー)、鈴木一誌(グラフィックデザイナー)というメンバーでのトークセッション『ブックデザインになにが可能か』(3月18日、青山ブックセンター本店のカルチャーサロン)は、最近ずっと考えていたDTPの問題にある方向を示唆するミーティングだった。

『d/SIGN デザイン』(太田出版)のno.6号『デザインの細部』の出版と関連して催された。DTPが定着して以降の装幀やデザインの問題について、戸田ツトムさんや鈴木一誌さんが警鐘を鳴らした。ミルキィさんと祖父江さんは、DTPに未来があると肯定的な発言をした。簡単に言うと、DTPになって色彩のトーンのコントロールやクリエイティビティがあがったというのが理由だ。さらに製版担当とのやり取りや印刷立ち会いなどで精度もやれることも増えたということだ。

戸田さんや鈴木さんは、デザイン主導の時代になおコンテンツの優先を主張する編集者たちの問題を指摘していた。DTPを積極的に取り入れていたペヨトル工房だが、90年代後半にはボクは、編集者として全体をコントロールできないもどかしさにかなり苦しんでいた。内容と対峙して存在するようになったデザイン、そのデザインをコントロールするDTPをどうとらえたらよいのかと悩み続けていた。DTPによって編集の現場が変化しているのだ。

今回、4人のデザイナーたちの話を聞いていて、デザインと対峙する考えが根本的に違っているのだと気がついた。もう少し違う角度から編集ということ、内容、コンテンツということを考えてる時期にきている。DTPの力をいまの時点で魅力的に活用することで、紙メディアは進化するかもしれない。

  『デザインの細部』には、奥山民枝さんのインタビューが載っている。奥山さんは、『夜想』の創刊号から登場して、それから何度も紙面を飾っていただいている。奥山さんは、見ること、認識することと関係してメティエについて話していて、そこには1ミリの感覚のスピードのこともでてきて、読んでいると脳の感覚が覚醒するような気分になる。それは、メティエのそのものの感覚についてであって、輪郭とメティエという比較や対峙からは浮かびあがってこないものである。

DTPの最大の特色はメティエ、色彩、感覚の反映、さらにはスピードや時間の感覚を織り込める新たなデザインツールであることだ。DTPになってカラーのトーンコントロールのクリエイティビティが飛躍的にあがった。DTPはツールとして成熟する中で、職人的な過去の本よりも精密に本を作ることができるようになっている。それは今までの本作りの延長線上に位置づけられる。DTPはそれプラス新しい力をもっているのだ。そのDTPの新しい特色を生かしている祖父江慎とミルキィ・イソベの仕事は、作品そのものもそうだが、思考としても未来の可能性をもっているのだ。


90年代は出版にとってとても厳しい時代だった。古い流通の形体と不況が折り重なって在庫を売っていくというこれまでの本の売り方が存続できなくなった。そこにDTPというデジタル化が行われた。今やDTP以外で本を作ることはあり得なくなっている。この変化のなかで編集者もデザイナーもまだどこかとまどっているような気もする。しかしトークショウを聞いていると、DTPのクリエイティブは新たな確実に能力を発揮しつつある。ここから00年代の出版が発展して大きな成果をあげる可能性を感じる。

DTPにいちはやく取り組み、そしてそれが一般化するころには逆に苦しむようになった編集者の私にとって、『ブックデザインになにが可能か』は、大きな示唆を与えてくれるトークショウとなった。ここから考えていくことがたくさんある。

 

 

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