アスタルテ書房

夜想日記/2004/04/12

 


 大阪で「アートにおける身体改造」「エコロジストとしてのヨーゼフ・ボイス」という真反対のテーマで話をした。復刊した夜想『GOTH』の表紙を飾ったシジスモンディのPTVを流して、「身体改造」について語ったのだがいまひとつ受けが悪かった。観客の年齢層が高かったかな?
翌朝、大阪から京都に移動してイノダ・コーヒーでカウンターに座ると、黙っていつも仕様のコーヒーが出てきた。ラムロックは売り切れだと一言告げられ、あ、残念と思った瞬間、京都新聞の題字が目に飛び込んできた。

『4世井上八千代さん死去 』新聞にはこう書かれていた。京舞井上流の前家元(4世八千代)で文化勲章受章者、人間国宝の井上愛子さん、本名片山愛子が19日午後2時、脳梗塞のため京都市東山区新門前通大和大路東入ル西之町の自宅で死去したことが、24日わかった。98歳。
しばし茫然としていた。でも京都の町はいつもと変らない。それがボクには不思議でしょうがなかった。それは中村歌右衛門の死のときと同じ印象だ。巨星墜つ。連日追悼番組が組まれることを想ったのに、現実は思ったよりも地味な反応だった。きっと井上八千代も同じだろう。
今から10年ほど前、4世井上八千代をずっと追っかけて見ていたことがある。巴会という一力茶屋で催される踊りの会にも潜りこんで1年間、見させていただいた。京舞という座敷の踊りの究極の良さは、やはり座敷でしか体験することができないと思ったからだ。都踊りのゲネプロに入れてもらって井上流の踊りの教えも目の当たりにした。能つくりの堅い振りに込められた色や艶やかさを見るのが楽しみだった。


しばし茫然としていたが、気をとりなおして、アスタルテ書房にでかけた。アスタルテ書房は開店したばかりで、いつもは閉まっている秘密のからくり扉が開け放たれていて、どこか違う場所のようだった。佐々木さんは朝の身繕いの途中だったのかもしれない。入口側のガラスのショウケースに富士見ロマン文庫の本が、奇麗に展示してあった。もちろん金子國義の装幀した分の64冊、その完全コンプリート分だ。実は、金子國義さんも描いた64冊すべてを所有していなくて、カードを作るためにボクが集めた分を合わせてのコンプリート・コレクションだ。なかなか全部を一堂に見ることもないのでぜひ関西の方は見ていただきたい。
京都の世間話を少しして、タカトの載っている同人誌を一冊買ってから、階段を降り御幸町に降り立った。円山公園の枝垂れ桜の脇を通って、能舞台に奉納してある井上八千代の赤い提灯にお参りして供養に代えようとようと思いたったボクは、御幸町から三条、鴨川へと市中を歩いて行った。

 

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