i-podが世界を変える?

夜想日記/2003/11/12

 

菊池成孔さん、浅井隆さん(アップリンク)との鼎談で、i-podが世界を変えるという話がでてきた。浅井さんはCDを全部買わないで、好きな楽曲だけをダウンロードして買えるシステムの革新性を強調した。i-podが世界を変えるとまで断言していた。反射的にそうかなぁと思った。アイテムごとに販売すると、最後にはCDというアルバムのトータル性が必要なくなる。音を送りだす方はそれで良いの? と菊池さんに聞いてみると、あっさりと良いんじゃないのと答えが返ってきた。


アイテムごとに買うという感覚が拡がると、他のメディアにも影響する。雑誌もコンテンツごとに売って、ダウンロードしたもらえば良いということになる。気になる。5Gのi-podは使っていたけれど、試しに40Gのi-podを使ってみることにした。Macが出始めた頃、Macについていろいろ議論されたが、使っていない人の意見は、かなり机上のもので現実から遊離していた。i-podも使い込まないと本当の感覚は分からないし論ずることはできない。


日本ではまだi-podに入れる曲をダウンロードで購入することはできない。しかしi-podは売れている。40Gのi-podを使っていると、私も持っているという人は多くて、しかも40Gをフルに入れてみたという人がほとんどだ。え?40G? ちょっと驚く。ボクも仕事の関係で1500枚近くのCDを持っているが、とても全部入れる気にはならない。でもこの40Gという容量が魅力なんだろうなと思う。1000枚が手の中に入る快感はちょっとしたものなのだろう。快感があるということはメディアとして魅力があるということだ。


CDを読み込む時にコンピュータがネットに繋いであれば曲のデータが落ちてくる。(これは誰でもアップできるデータベースなのでスペルミスが多い。気をつけていないとindexに支障をきたす)10000曲入れたら、10000曲分のデータが手に入る。10000曲のインデックス・ソートができるのだ。i-podの面白さはこのインデックスを作れることにある。10年前に仕事で使ったメルツバウはどんな感じたったけ、pansonicの「ー25」はアルバムXとKulmaでまったく同じものだっけ?とか新しい比較の聴き方ができる。グールドとアファナシエフはスロー演奏と言われているけど、同じ楽曲をどのくらいの差で弾くのだろうか。プロでない限り、楽曲の印象は相対的になるので、比較して聞くことでよりはっきりと曲に対することができる。


i-podでインデックスを使いながら楽曲を聴いていると、はじめてその曲を聴いた時と印象が異なる。曲には、その時に聴いた、センティメントが一緒に記憶されている。ジャケットとか、聴くシチュエーションとかが印象を大きく左右している。その時の情報も影響する。今、i-podでもう一度、グールドを聴いてみると何故かとてもジャズの薫りがしたりする。デジタルのデータは、データなので同じプレイヤーの1960年代の演奏も1990年代の演奏も並列のコンテンツとして並べられる。それをランダムに先入観なく聴き比べるとそこには別の世界が現れてくる。今まで聴いた1000枚のアルバムは、時間の経過をかけて堆積した音の記憶から解放されて、もう一度、横並びになってi-podのなかに納められているのだ。


i-podの最大の効力は、音を記憶から解放してくれるということだ。そして10000曲のインデックスは、聴く人を非常にクリティカルな姿勢にする。それが世界を変えるかといえば、単純にそうだとは言えない。なぜならDTPやデジタル・カメラなどと違ってi-podはクリエイティブ・ツールではなく、消費のツールだからだ。しかしi-podは何かの変化を起こすかもしれない。メディアの単位……たとえばレコードとCDが持っていた70分前後という情報量の単位を変えてしまうかもしれないからだ。単位が変るということはメディアが大きく変るということにつながる。しかも音に対して起きたことは、連鎖して紙メディアや映像メディアにも波及するかもしれない。そうなると浅井さんの言っていたようにi-podが世界を変えるかもしれない。確かにその可能性は零ではないだろう。i-podが世界を変えるのでなく、i-podで世界が変ると言った方が良いかもしれないけれど……。

 

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