夜想リターンズ

夜想日記/2004/06/23

 

まだ『夜想』をはじめてもいない頃、ボクは写真家の深瀬昌久さんの弟子をしていて、1ヶ月に100フィート分のフィルムを撮るノルマを課せられていた。月の終わりになると一日歩いても、シャッターを切るものが無くなって、追いつめられ、そうなると谷中墓地に足を向けるのが常だった。そこには烏がねぐらにしている骸骨のような裸木があったり、当時は珍しかった路上生活者がいたりして、被写体がかろうじて発見できた。それでも写真が撮れなくなると、墓地を抜けて谷中銀座のある日暮里に向かった。谷中銀座の入口の『夕焼けだんだん』の上に茫然と立って黄昏どきの空を眺めていると、目は自然と下に見える三角地帯に吸い込まれていく。そこはどこまでも地に向かって暗く延びていくようでもあり、何者でもないその時の気分をうつしていた。


猫町、誰が言うともなく文学者がそう呼んでいた谷中銀座の『夕焼けだんだん』には、今でも猫がたくさん生息している。シャムの末裔やら、アメリカンショート・ヘァーの変型やら、けっこう高貴な出らしい猫たちが階段にごろごろと寝ている。ここでは誰も猫をいじめないので、どの子たちもゆったりと暮らしている。谷中は江戸の雰囲気を残す下町だが、今ではトルコのおかしげな店や、インド人経営の紅茶とカレーの店といったアジアの人を受け入れながらゆったりと世代交替をしている。


『夕焼けだんだん』を降りて、谷中銀座に入らず、細い道を右に折れて50メートルも行くとギャラリー・HIGUREの建物に行き着く。屋上に駱駝が棲んでいるのですぐに分かる。関西でばかりペヨトル工房のイベントがあるのに、どうして東京ではやらないのと言ってくれたディレクターの一花さんの肝いりで駱駝のビルでの『夜想リターンズ』展が実現した。駱駝は夜になるとライティングされている。夜想はここで再び若い作家たちとの共同作業を始めた。

 

 

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