天使の羽

2007年5月7日
 機械仕掛けの天使の羽は

 

床板のビスを外し、床板を剥ぐと、床板ぴったりのリンシード漬けになっている金属の箱が見えた。つんと鼻を着く匂い。誰かがスポット一本だけの明りにした。手許しか見えない。
金属の箱は、意外にも錆がまわっていた。白い手袋をつけて人形をそっととりだそうとしている田岡に思わず
「そんな油漬けの保存して今更手袋もないもんだ…」
と、揶おうとして、すぐに気がついた。エイジングか…。天使の羽根は片方が根元から錆堕ちていた。
「これから百貨店の全国行脚さ」
にやりと田岡が笑い眼鏡の奥を光らせた。
おそらく作家Sの名を出さずに展示して巡回する。誰かにSの未発表だと発見させ、はくをつけるのだろう。それから売りにかける。本物だけに始末が悪いな。でも本物だから詐欺にはならない。
人形が古めくと何かがのりうつって味がでるけれど、その古めかしさは元々人形がもっている資質だから、特にエイジングする必要はないだろう。だけどSの人形は形が良い時はつるんとしていて、皮膚がシックになると形が今一つ。そのちょうど間の時期にある『機械仕掛けの天使』を完璧で最高の作品に仕上げようと田岡は考えたのだろう。
田岡は、もげてしまった羽根を真空パックのビニルに入れ、携帯用の空気入れで空気を抜いて、リンシ−ドの金属箱のなかに沈めた。
これにガラスの蓋をつけて欲しいな、と大沢に頼んでいる。
田岡は尊敬すべき希代の詐欺師だ。少し資質を分けて欲しい。本気でそう思う。羽の失墜した天使の人形を高く売るのはもちろん、むしろ残った天使の羽根の価値をとてつもないものにしようとしている。
また黄昏亭の地下に沈めるの?
それには答えられませんね。と、田岡は真面目な顔で答えた。

 

 

 

 


 

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